富岡の砂嘴(とみおかのさし)苓北町
所在地
天草郡苓北町富岡
利用案内
- 駐車場:富岡港周辺に多数駐車可 富岡ビジターセンター 8台
- トイレ:富岡港 富岡ビジターセンター
解説
沿海流がつくり出した奇跡の景観「砂嘴(さし)」
絶景を眺める
日本三景の一つに「天の橋立」という有名な景勝地がありますが、ここ熊本県天草下島の地にも、「富岡の砂嘴(さし)」という天恵の景観を眺めることができます。 この「富岡の砂嘴」は、雲仙天草国立公園内に属した天草郡苓北町志岐(しき)平野の北西部に位置する陸繋島(りくけいとう)の先にあります。
この陸繋島(りくけいとう)は富岡半島とも呼ばれ、その北東端部にある元袋(もとふくろ)という集落から巴湾(ともえわん)をぐるりと囲むように、「砂嘴」という鳥のくちばしに似た「かぎ型」に曲がった美しい地形をつくっています。地元では、この砂嘴の先端部を曲崎(まがりさき)と呼んでいます。
「砂州(さす)」や「砂嘴(さし)」とはどのようなものでしょうか・・
地質学的に富岡半島の海岸の大部分は、岩石と礫(れき)より成っています。しかし、砂嘴の部分については様相が異なります。まず、砂嘴の外海は砂質であること。また、砂嘴の内側(巴湾内)は泥質という特徴です。さらに、富岡半島陸繋島部地質図(苓北町史)や苓北町地質図(苓北町史)には、砂嘴の部分は、沖積層に分類されており、約1万年ほど前から徐々にできあがったと考えられています。
この「陸繋島」は、もともと志岐平野の対岸にあった離れ小島が、砂州(さす)の成長によって連結されてできあがったものなのです。幅70m、長さ1kmにおよぶ砂州がそこにできた原因は、天草西海岸(高浜→下田→富岡)を北上する沿海流によって、砂や礫(れき)を堆積したからです。
この「陸繋島」。つまり、富岡半島が完成すると、沿海流は陸繋島の北岸をぐるりと回り込むことになり、元袋地区からさらに砂礫(されき)を細長く堆積しはじめ、約1kmほどの細長く突き出た「砂嘴」ができたのです。 砂嘴は、途中で細くなっていますが、これは砂礫の堆積が途中でかなり大きく向きを変えたことを示しており、美しい曲崎の砂嘴を発達させる原因になりました。これにより、波静かな良港の巴湾ができあがったと考えられています。
富岡城趾から眺めると
沿岸流と地形との関係からできた砂嘴の先端が「鉤型(かぎがた)」に曲がっている造形美は、富岡城跡の展望台から、はっきりと眺(なが)めることができます。また、この砂嘴には、ハマジンチョウの群落地があり、これは国の天然記念物に指定されています。
参考文献
『苓北町史』 苓北町 1984
『熊本県地質巡検ガイドブック』 熊本県高等学校地学教育研究会 1970
周辺情報
富岡城跡が、富岡ビジターセンターとなっています。