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滝室坂(たきむろざか)阿蘇市

滝室坂のイメージ

所在地

阿蘇市一の宮町坂梨

利用案内

  • 駐車場:なし
  • トイレ:なし

解説

滝室坂

熊本藩主の細川氏が参勤交代のために熊本から大分の鶴崎まで利用した道が「豊後街道」です。その最大の難所が滝室坂で、現在は、阿蘇市一の宮町から大分県竹田市に抜ける国道57号線の一部となっています。
しかし、参勤交代に利用された滝室坂は、国道の上り口を右に折れたところにある石畳の坂で、この石畳は、江戸時代にタイムスリップした気分にさせてくれます。しかし、この坂は高低差200m、距離にすると3kmにおよぶ急な坂で、参勤交代の行列は坂梨御茶屋で一度休息を取り、覚悟を決め一気に坂を登ったといわれています。
また、この付近の山からは豊富な水が流れており、昭和初期まではこの水を利用した水車小屋が坂の途中に3軒あり、波野や産山で採れた穀物をこの水車小屋まで運んで、粉に引いていたそうです。

参考文献

一の宮町教育委員会 編・発行『文化財一の宮』1985年
一の宮町教育委員会 編・発行『歴史の道 「豊後街道」保存整備報告書』1995年
熊本県教育委員会 編・発行『熊本県文化財調査報告 第54集』1982年

周辺情報

坂梨には藩主の休息所である坂梨御茶屋、坂梨番所がありました。

地図

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