細川月翁

作者略歴

1723 肥後国宇土藩主・細川興生の三男として生まれる。
1745 家督を継ぎ、宇土藩第5代藩主となる。

参勤交代で江戸と宇土を行き来しながら、殖産興業や教育制度の確立に尽力するとともに、細川藩の茶博士である小堀長順に師事して茶道の奥義を極めるなど、文武両道で知られる。

1772 持病悪化のため隠居を願い出る。
        二男・立礼(のちの細川斉茲)に家督を譲る。

以後、文化人として、優れた事蹟を遺す。
建築・作庭を自ら指示し「蕉夢庵」(不知火町桂原)を建設したほか、君主の理想像に例えられる蘭を、特に好んで描いた。
歌道や詩文、尺八にも通じ、尺八は自ら製作・作曲まで行うほど。
こよなく月を愛し、月翁と号した。別号に、桂源山人・青山・青城・蘭雪居など。

1785 死去(62歳)。