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猫伏石(ねこぶくいし)益城町

猫伏石のイメージ

所在地

上益城郡益城町広崎

利用案内

  • 駐車場:なし
  • トイレ:なし

解説

怪力!横手五郎

益城町広崎の住宅地を通る道の真ん中に、大きな石が横たわっています。その石は「猫伏石」と呼ばれています。猫伏って知っていますか。農家が農作物の乾燥等で使う、わらで編んだ3m四方ぐらいの敷物です。どうして、こんな名前が付いた大きな石が道の真ん中にあるのでしょう。益城町には次のような話が伝えられています。
益城の木山城主であった木山弾正は天草で加藤清正との合戦で敗れ殺されました。この弾正に怪力の子どもがいたと伝えられています。名前を横手五郎といいます。清正が熊本城を造った時の話です。清正に親を殺された五郎は敵を討とうと城造りの人夫として清正に雇われました。五郎はたいへん力が強かったので、清正にかわいがられたそうです。ある日「お前は力が強いから、城の土台にする大きな石を探して持ってきてくれ。」と清正から言われました。さっそく石を探しに出ましたが、城の土台になるような大きな石は、なかなか見つかりません。そこで、五郎は木山川を探しながらさかのぼり、西原村河原まで行き、ようやくちょうどよい石を見つけることができました。五郎は、その石を「猫伏」に包んで背中に背負って熊本に戻ることにしました。しかし、とても大きくて重たい石だったので猫伏がたえられず、府内古閑(現在の広崎)まで来たところで、とうとう破れてしまいました。急いで持って帰らないと清正に叱られます。さらに、日も暮れてきて五郎はどうしようもなくなったので、三つの石のうち小さいほうの石を両手に抱え、残りはそこに置いたまま、熊本に帰りました。後に残された石は、とても大きな石だったので誰も動かすことができず、今でも道の真ん中にごろっと横たわっています。

参考文献

松野国策『語り口 益城の民話』 1998

地図

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